RIKEN BRAIN SCIENCE INSTITUTE (理研BSI)

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2006年06月23日

神経細胞で発生する"自発的電気活動メカニズム"の一端を解明
− カリウムイオンとナトリウムイオンの相互作用が自発的電気活動を制御 −



本研究成果のポイント

  • コンピュータシミュレーションとマウスの脳神経細胞を用いる実験を組み合わせる

  • 脳内リズム、運動のタイミングをはかる自発的な電気活動の謎に迫る

  • カリウムチャネルの機能不全に伴う脊椎小脳変性症の疾患の原因解明に期待





独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、小脳におけるプルキンエ細胞※1の電気活動を詳細に解析し、解析結果を踏まえた数理モデルに基づくコンピュータシミュレーションと、マウスの脳神経細胞であるプルキンエ細胞※1スライスを用いた生理実験を組み合わせることにより、神経細胞が自発的に電気活動を引き起こすメカニズムの一端を明らかにしました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経回路ダイナミクス研究チームのトーマス・クヌッフェル(Thomas Knöpfel)チームリーダー、ウォルター・アケマン(Walther Akemann)研究員らによる研究成果です。


神経細胞は、電気信号を出す細胞です。物を見たり、聞いたりするとき、外部からの刺激を神経細胞で電気信号に変換し、電気信号が脳内の神経細胞へ次々と伝わって情報処理が行われます。神経細胞の中には、他の神経細胞から情報入力が無くても、自発的に電気活動を引き起こす細胞があることが知られています。中でも小脳にあるプルキンエ細胞は、高頻度で自発的な電気活動を発生して脳内リズムや運動のタイミングを取っているとされていますが、この自発的活動がどのように発生し、脳内でコントロールされているのかは不明でした。


研究チームは、パッチクランプ法※2と呼ばれる電極を使った実験とコンピュータによる詳細なシミュレーションを用いて、神経細胞内のナトリウムとカリウムの二つのイオンの挙動により発生する電流を解析しました。その結果、細胞内のカリウムイオンの挙動を制御するカリウムチャネル(膜タンパク質)の一つを欠損させたプルキンエ細胞では、自発的活動が減少することが分かりました。さらに、この細胞に対して、正常な神経細胞のイオンの挙動を解析することで得られた数理モデルに基づき、カリウムチャネルを通る電流をシミュレーションし、リアルタイムで電流を流すと、元の活動頻度を取り戻しました。また、特殊なナトリウム電流が存在していないと、プルキンエ細胞の自発的活動が回復しないことが分かりました。これらのことから、ナトリウム及びカリウムそれぞれのイオンチャネルを制御しているイオン電流の相互作用が、プルキンエ細胞で高頻度に発生している自発的活動を制御していることが明らかになりました。


脳内の神経細胞の自発的活動は、高次脳機能に伴う電気的活動パターンを処理し、統合するという重要な役割を果たしていると考えられます。この自発的活動のメカニズムを解明する事は、脳の機能を理解する大きな前進となります。また、カリウムチャネルの機能不全に伴う疾患の原因解明につながる成果として期待されています。


本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Neuroscience(ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス』(4月26日号)に掲載されました。






  1. 背景

    小脳は、人間の脳において後頭葉の下に位置しています。小脳には全神経細胞のおおよそ半分が存在し、体の動きの制御や感覚認識に関わっています。プルキンエ細胞は、小脳にある大きな木のような神経細胞で、この神経細胞では他の神経細胞からの入力がなくても自発的に活動する様子がよく観察されています。プルキンエ細胞の自発的活動は、小脳における情報処理、脳内リズムの発生、運動のタイミングを調節していると考えられています。そのため、プルキンエ細胞の自発的活動を引き起こすメカニズムの解明は、神経生理学における重要なテーマの一つとなっています。


    一般に神経細胞の活動は、神経細胞の細胞膜を通過するさまざまなイオン電流により生じています。これまで行われてきた研究により、プルキンエ細胞では、リサージェントナトリウム電流※3という特殊なナトリウム電流と、Kv3.3カリウムチャネル※4を通るカリウム電流の2種類のイオン電流が、自発的な電気活動に関与していると考えられてきました。しかしながら、これら2種類のイオン電流がどのように相互作用し、自発的活動を制御しているのかは不明です。




  2. 研究手法と成果

    研究チームは、まず初めにパッチクランプ法を用いて、Kv3.3カリウムチャネルの遺伝子を欠損したマウス*と、野生型マウスそれぞれのプルキンエ細胞における神経活動の活動電位を測定しました。その結果、Kv3.3カリウムチャネルの遺伝子を欠損したマウスのプルキンエ細胞の活動電位は、持続時間が広がるとともに、電位変化がより大きくなり、より遅い後過分極相が記録されました。また、Kv3.3を欠損したプルキンエ細胞に、欠損しているカリウムチャネルの電流をリアルタイムで流す回復実験を行ったところ、自発的活動の発生頻度の増加が見られました(図)。


    これらの実験結果をもとに、生きたKv3.3カリウムチャネル欠損プルキンエ細胞に対し、その神経細胞の状況に応じたKv3.3カリウムチャネルのイオン電流を、コンピュータシミュレーションによって得られた数理モデルから導き出し、リアルタイムで流し続けたところ、自発活動は通常の活動頻度を取り戻しました。このことはKv3.3カリウムチャネル欠損プルキンエ細胞の自発的活動の変化が、Kv3.3カリウムチャネルによるものであり、他のイオンチャネル遺伝子によるものではないことを示しています。


    さらにイオン電流のコンピューターシミュレーションから、Kv3.3カリウムチャネルの生物物理学的な特性、つまり早い活性化と不活性化により、自発的活動の頻度が増加していることも分かりました。また、Kv3.3カリウムチャネルによるカリウム電流だけでは、自発活動の頻度の回復は見られず、リサージェントナトリウム電流という特殊なナトリウム電流が存在している場合にのみ、プルキンエ細胞の自発的活動の回復が見られました。


    以上から、プルキンエ細胞の自発的活動の発生には、Kv3.3カリウムチャンネルを制御する電流とリサージェントナトリウム電流とが連携して関与していることを実験的に確かめるとともに、コンピュータシミュレーションにより得られた数理モデルにより、2種のイオン電流が相互作用し、自発的活動を制御しているのかが分かりました。



    * Kv3.3ノックアウトマウスは、米国・ロックフェラー大、テキサス大学、南西医療センター(ロルフ ヨーホー)、ハワード・ヒューズ医療研究所から提供されました。


  3. 今後の期待

    今回の結果は、脳がどのようにして思考や行動を作り出しているのかの理解につながる重要な成果で、脳の複雑なパズルの1ピースを見つけたこととなり、脳の自発的活動の発生機序の解明に寄与します。さらに、遺伝子の変異によるKv3.3カリウムチャネルの機能不全が脊椎小脳変性症(spinocerebellar ataxia)※5を引き起こすことが知られていますが、この疾患の原因解明の手がかりになることが期待されます。







(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所

脳科学総合研究センター 神経回路ダイナミクス研究チーム

チームリーダー        トーマス・クヌッフェル

TEL:048-467-9740 FAX:048-467-9739


脳科学研究推進部        嶋田 庸嗣

TEL:048-467-9596 FAX:048-462-4914


(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715










補足説明

※1 プルキンエ細胞

小脳に存在する神経細胞の一種で、人体の細胞の中で最も大きな細胞の一つ。運動に関わる様々な現象がこの細胞を介して起こる。


※2 パッチクランプ法

微小なピペット(直径1mm程度)を細胞膜に押し付けると、ピペットの先端を細胞膜がふさぐ形になる。これがパッチ。ピペットを吸引すると、ピペットとパッチが強く密着した状態ができる。もし、パッチの中にチャネル分子が存在すると、そのチャネル分子を通してのみ、細胞の内と外との間にイオンが流れることになる。ピペットの中に電極を挿入することで、パッチ内にあるイオンチャネルを通じた膜電極の変化を計測することができる。


※3 リサージェントナトリウム電流

脱分極パルスの後で過分極されると、一般の神経細胞ではチャネルがすぐ閉じるので電流は見られないが、プルキンエ細胞では一過的な脱分極性電流が流れる。これはプルキンエ細胞の電気活動の特性に重要。


※4 Kv3.3カリウムチャネル


チャネルは、膜を数回貫通する構造をもつタンパク質分子であり,膜内外に異なる濃度で存在するイオンがつくる電位濃度勾配を利用して、エネルギーを使わずに(受動的に)イオンを通過させる機能をもつ。カリウムチャネルは、K+イオンのみを透過させるチャネルである。チャネルが開いてイオンが流れることで膜電位が変化する。本文で述べたように、神経細胞はこの電位の変化を信号として情報を伝達している。膜電位があるしきい値に達したときに開くようなチャネルを電位依存性チャネルという。遺伝子配列の違いにより様々なサブタイプが存在する。Kv3.3はサブタイプのひとつ。


※5 脊椎小脳変性症(spinocerebellar ataxia)

小脳や脳幹~脊髄にかけての神経細胞に変性が起き、身体の細かな調整ができなくなり次第に思うように動かせなくなる神経難病。





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