RIKEN BRAIN SCIENCE INSTITUTE (理研BSI)

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2011年01月13日

些細な情報でも同じ樹上突起上のタンパク質を借りられる場合は長期記憶に残ることを発見
—樹状突起の枝はタンパク質合成依存的LTPを好んで統合する単位—


ある出来事の中でも、ほんのちょっとしたことがなぜか長く記憶に残ることが時々あります。MIT Picower Institute of Learning and Memory(以下Picower研究所)の神経科学者達は、その謎の一端を明らかにしました。この研究は分子レベルでこの謎を世界で初めて説明したとして、国際誌『Neuron』の2011年1月13日紙上で掲載される予定です。


自分にとって重要な人物に初めて会った時のことを思い出してみるときに、例えばその人物の印象的な発言のように自分にとって大事な情報以外に、それと同じくらい、その人のシャツの色というような一見不必要な情報を妙に鮮明に思い出すことがあります。共著者であるRIKEN-MITセンター利根川進センター長・Picower研究所教授らの発見はこの現象がなぜ起きるのかについて説明を与えるものです。研究グループらの実験結果は、不必要な情報が必要な情報より先に得られる場合よりも必要な情報に続いて得られた方が、長期記憶に、より統合されやすいということも示しています。





記憶を形成する

ある理論によれば、記憶の痕跡や断片は「記銘(engram)」と呼ばれている生物物理学的もしくは生化学的な変化として、脳中に散らばっていると考えています。しかし記銘を支配する機構はよく分かっていませんでした。


MITの神経科学者達、RIKEN-MITセンターのアシスタント・ディレクター、アーヴィンド・ゴヴィンダラジャン(Arvind Govindarajan)博士とPicower研究所のインバル・イズラェリ(Inbal Israely) 博士研究員、ホヮン・シュウイン(Shu-Ying Huang) 技術員と利根川進教授は、脳の中でどのように記憶が作られ蓄えられるのかを明らかにするため神経細胞一つ一つを調べました。先行研究はシナプス※1の役割に焦点を当てていました。個々のシナプスは記憶の記銘を確立するのに必要な最小単位であると考えられていました。しかし、RIKEN-MITセンターの研究グループは個々のシナプスを調べる代わりに、神経細胞の樹状突起の枝状のネットワークとその中にある複数のシナプスを探索しました。





入力信号を強める

外界の刺激に応じて、大脳皮質の樹状突起にあるスパイン※2は、脳内で繰り返される神経活動の影響を受けて徐々に大きく構造的に変化します。この構造変化は全ての記憶学習の機構を支配していると考えられています。神経細胞は外から入ってくる電気化学的刺激を幹状の細胞体へ伝達する役目となる枝状の樹上突起を伸ばします。樹上突起の枝のさまざまな場所にあるシナプスは樹上突起にとって信号増幅器としてふるまい、これらのシナプス入力を統合し、神経細胞が入力信号に影響される程度を決定する上で基本的な役割を演じます。



研究者たちは、ある樹上突起の枝上の2つのシナプスが互いに1時間半以内に刺激されるならば、通常は短期記憶へ追いやられるような一見不必要な事柄についての詳細な記憶であっても長期記憶を伴う、ということを見つけました。実験では、通常は短期記憶を伴うことになる弱い刺激を受けたシナプスでも、そのシナプスが存在する樹状突起の上の別のシナプスが上記の時間内に刺激を受けていれば、脳の中で長期記憶として残りました。これは弱く刺激されたシナプスが強く刺激されたシナプスの近くで生合成された一連のタンパク質をちょっと借りてくることが出来るためだと考えられます。この一連のタンパク質は樹状突起のスパインを肥大化して情報を長期記憶として残すのに必須なものです。 研究者たちは、些細な情報が必ずしも全て思い出されるとは限らない理由を、こうした情報が刺激したシナプスが、強く刺激されるシナプスがある樹状突起の枝とたまたま同じ枝上にいる必要があるためと説明しています。





本研究は独立行政法人理化学研究所、ハワード・ヒューズ医療研究所とアメリカ国立衛生研究所(NIH)により助成されました。





論文情報

"The dendritic branch is the preferred integrative unit for protein synthesis-dependent LTP"

Arvind Govindarajan, Inbal Israely, Shu-Ying Huang and Susumu Tonegawa

The Picower Institute for Learning and Memory, RIKEN-MIT Center for Neural Circuit Genetics, Department of Biology and Department of Brain and Cognitive Sciences, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA.

Neuron (2011) 69: 1-15; 13 Jan.






<補足説明>

※1 シナプス

神経細胞同士が通信する結合部。




※2 樹状突起スパイン

棘突起ともいう。神経細胞の樹状突起から突き出ている小区画で、シナプス入力の受信側。